Art Topics/アートの紙魚

2016/05/20

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Artésimo カテゴリー「アートの紙魚/Art Topics」

2016/05/11

笹久保 伸 「翼の種子 Semilla de Alas」

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 前衛音楽作曲家・ラテンアメリカ音楽演奏家である笹久保伸の「翼の種子 Semilla de Alas」のジャケットには、1920年代から1950年代に掛け、ペルー・アンデスのクスコを拠点にアンデスの自然、街、人をその深い眼差しで撮り続けたペルー・インディヘナの世界的歴史的写真家、マルティン・チャンビの写真が使われている。

笹久保伸のオフィシャルサイト
http://shin-sasakubo.com/

2016/03/14

屋須弘平と宮川香山 出会いは?

 現在、開催中の「屋須弘平-グアテマラ140年のロマン」展(あーすぷらざ)と「没後100年 宮川香山」展(サントリー美術館)のそれぞれの展覧会の主人公たちにいくつかの共通点があることに気が付いた。

 まずは生誕年と没年は、屋須弘平は1846年生まれ(現・岩手県一関市藤沢町出身)、没年は1917年。宮川香山は1842年生まれ(現・京都市東山区出身)、没年は1916年で、ともに幕末、明治、大正を生き抜いた同世代の二人だ。

 二人はそれぞれの父親の職業から強い影響をうけたり、もしくはその職業を継いでいる。屋須弘平は蘭学者の父親からオランダ語を学び、海外への強い関心を持つようになった。宮川香山は、陶芸家の父親から製陶を学び、家業を継いだ。

 この二人はともに明治初期に文明開化で華やぐ町横浜に出てきている。屋須は1868年(明治元年)、香山は1870年(明治3年)に。

 屋須は横浜にあった横浜仏蘭西語伝習所(横浜市中区本町に所在)に通い、フランス語を学ぶ。1874年に横浜の野毛山(現・横浜市中区老松町)と山手(現・横浜市中区山手町)で金星太陽面通過観測を行ったメキシコからの科学調査隊と出会い、彼は翌年メキシコに帰国する観測隊とともにメキシコに向かった。その後、グアテマラに移り、写真館を開業し、写真家となり、同地で没する。

 香山は、1870年にまず野毛山(現・横浜市中区老松町)で窯を開き、翌年、太田村不二山下(現・横浜市南区庚台)に窯を移し、本格的に輸出陶磁器の制作を開始した。「横浜眞葛焼」として横浜で知られ、先の大戦末期の横浜大空襲によって窯(三代香山)が焼失するまで続いた。

 おのおの、写真家として、陶芸家として、海外では高い評価を受けていた。

 明治初期の横浜は、現在のように横浜市18区に広がっていたわけではなく、現在の関内や桜木町などの中心部およびその周辺でしか大勢の人々の往来がなかった思うので、この二人どこかですれ違っていたかも.....。

屋須弘平-グアテマラ140年のロマン
http://galerialibro-art.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/140-c715.html

没後100年 宮川香山
http://galerialibro.air-nifty.com/blog/2016/03/100-miyagawa-ko.html

 

 

2015/04/18

チケットプレゼント ルーヴル美術館展 日常を描く-風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄

チケットプレゼントは定員に達しましたので終了いたしました。
(4月20日)

 現在、国立新美術館(東京都港区)で開催中の「ルーブル美術館展」の招待券を、2枚1組5名様に先着プレゼントいたします。 件名に「ルーブル美術館展チケットプレゼント」とお書きの上、お名前、郵便番号、ご住所、メールアドレスを、「問合せメール」フォームで送信してください。

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ルーヴル美術館展 日常を描く-風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄
会期 2015年2月21日(土)-6月1日(月)
    休館日 火曜日  ただし、5月5日(火)、26日(火)は開館
    開館時間 10:00-18:00 
    金曜日、5月23日(土)、24日(日)、30日(土)、31日(日)は20:00まで
    4月25日(土)は22:00まで
    [入場は閉館の30分前まで]
会場 国立新美術館 企画展示室1E
    東京都港区六本木7-22-2

2014/09/17

日本スペイン交流400周年事業報告 Informe de Año Dual España-Japón 400 Años de Relaciones

 日本からスペインへの最初の公式使節である支倉常長率いる慶長遣欧使節団の派遣から400周年を記念して、スペインにおいて実施された事業(2013-2014年)の報告書を、在スペイン日本大使館が公表した。

交流年報告書 pdf.

日西交流400周年概要 pdf.

在日スペイン日本大使館ウェブサイト
http://www.es.emb-japan.go.jp/japones/index.html

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2014/08/27

コロンビアが2015年ARCOマドリッドのゲスト国に Colombia, el país invitado a Feria de Arte ARCO Madrid 2015

 6月27日、コロンビア外務省において、スペイン国際現代アートファア「ARCOマドリッド」を主催するIFEMAのルイス・エドゥワルド・コルテス会長、在コロンビアスペイン大使ラモン・ガンダリアス、外務省文化担当官ルイス・アルマンド・ソトコロンビア、コロンビア文化省ヴィジュアルアーツ群コーディネーターハイメ・セロン=シルの各氏の出席のもと、次回開催のARCOマドリッドのゲスト国にコロンビアが正式に決まったことが発表された。ARCOマドリッド2015は、2015年2月25日から3月1日までマドリッドで開催される。

 コロンビア政府より支援を受けて、インデペンデント・キュレーターのフアン・A・ガイタンがコロンビアからの出展ギャラリーの選出を行う。コロンビアの現代アートの重要な分野も含めて代表的アーティストや団体などが、幅広く選ばれることになる。ラウンドテーブル(情報交換)や討論会、コロンビアの現代アートシーンを紹介するイベントなども開催される。

 首都マドリッドを代表する美術館や展示会場でグループ展の開催や作家紹介が行われ、マドリッド市内でもコロンビアのアートが見ることができる。これらの事業は、コロンビア外務省と在スペインコロンビア大使館の協力を得て、同国文化省がコーディネートする。

Arcomadrid2015

2014/06/30

海を超えたヒロシマ・ナガサキ ―北米・南米に渡った被爆者― Hiroshima Nagasaki Beyond The Ocean-Hiroshima Nagasaki Atomic Bomb survivors in North and South Americas

 2005年から2013年までの8年間に渡り、メキシコ・ティファナを拠点として在北米・南米被爆者の体験談をアメリカ、カナダ、メキシコ、ペルー、ボリビア、ブラジル、アルゼンチンにおいて実施した調査内容と考察について、竹田信平(アーティスト/映像作家)が発表する。

イベリア・ラテンアメリカ文化研究会(SECILA)例会
竹田信平「海を超えたヒロシマ・ナガサキ ―北米・南米に渡った被爆者― 」
日時 2014年7月5日(土)午後2時~5時30分
場所 関西学院大学梅田キャンパス(KGハブスクエア) 10階 1002教室
         大阪市北区茶屋町19-19 アプローズタワー 10階
          (大阪 梅田駅より茶屋町方面へ徒歩10分程度)

 在米被爆者といわれる千人強の人々の複雑な個人史、各国への様々な移民パターンと日
系人移民コミュニティーの全体像を報告。そしてヒロシマ・ナガサキという特殊な記憶を抱える人達が、広島や長崎とは遠く離れたコンテクストでそれらの記憶とどう向き合っているのか、そしてそれぞれの社会とどう関わっているのか検証する。同時にミシガン州立大学歴史学者の和氣直子教授との共同制作の書籍「海を超えたヒロシマ・ナガサキ」発表、限定数無料配布。

竹田信平プロフィール
1978年大阪生まれ。
メキシコ・ティファナを拠点に活動。記憶をテーマとして、写真、インスタレーション、野外アート、ドキュメンタリー映画等を制作。
1920年代ティファナの日本人写真家を追った「メキシコに最も近い日本」(2008)、南米・北米に在住する被爆者を追った「ヒロシマナガサキダウンロード」(2010)、国連軍縮局との共同制作多言語ウェブサイト<http://www.hiroshima-nagasaki.com/> (2012)、インスタレーション作品群「アルファ崩壊」 (2010-2013)などを発表。
CEREV(Center for Ethnographic Research and Exhibition in the ftermath of Violence)やAmerican Anthropologist Assotiation (2010)では“Curating Difficult Knowledge; New Models of Cultural Evocation and Intervention”パネルでも研究成果を発表。 またその傍ら米サンディエゴのアート非営利団体、THE AJA PROJECTを2001年に設立、現在そのアートディレクターも務める。
アメリカ・デューク大学(学士)、サンディエゴ大学卒(修士)。

竹田信平公式ウェブサイト http://www.shinpeitakeda.info

*当日参加の事前連絡は不要。直接会場へ。
*本例会に関する問い合わせは、イベリア・ラテンアメリカ文化研究会(SECILA)関西世話人の禪野美帆(mzennojp#yahoo.co.jp←#を@に変更)まで。

イベリア・ラテンアメリカ文化研究会(SECILA)
関東地域世話人: 井上幸孝、小原正
関西地域世話人: 禪野美帆、小林貴徳
ブログ http://secila.seesaa.net/

2014/06/17

Los Japoneses en Bolivia スペイン語版『ボリビアに生きる』

 1999年は日本人がボリビアに移住してから100周年にあたり、日本人ボリビア移住100周年記念誌『ボリビアに生きる』(ボリビア日本人移住100周年移住史編纂委員会編、ボリビア日系協会連合会刊)が2000年3月に刊行されている。

 日本語で書かれた同書を、2000年以降の10年間を一部追補した上で、110年間の日本人のボリビア移住史と現状を、スペイン語でしか読めない日系二世・三世およびボリビア人読者向けに翻訳・編纂した≪Los Japoneses en Bolivia≫が、2013年にボリビアの出版社Plural Editoresから出版された。

 ボリビア移住者とその子孫たちがボリビア各地で生き抜いてきた110年にわたる日系人の体験と努力を、後に続く世代へ語り継ぐと同時に、一般のボリビア人にも現在の日系社会の存在についてその歴史と経験をよりよく理解してもらう目的で、このスペイン語版刊行に至った。

 ボリビア日系協会連合会と日本ボリビア協会の協力のもと、翻訳にはボリビア在住の日系二世と三世たちが関わり、総まとめ役として日本語版『ボリビアに生きる』の編集に関わった中央大学名誉教授国本伊代氏が指揮にあたった。

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Los Japoneses en Bolivia
110 años de la historia de la inmigración japonesa en Bolivia
Coordinadora: Iyo Kunimoto
Federación Nacional de Asociaciones Boliviano-Japonesas y  Asociación Nippon-Bolivia
La Paz, Bolivia: Plural Editores, 2013
359pp. 15x23cm
2,500円(消費税・送料込み)

注文・問合せは下記まで:

社団法人 日本ボリビア協会 事務局
〒193-0832 東京都八王子市散田町2-68-13
Tel &Fax 042-673-3133 admin@nipponbolivia.org

Los Japoneses en Bolivia

Índice General
  Prólogo
  Presentación
  Capítulo 1  Desde los Andes a la Cuenca Amazónica
  Capítulo 2  100 años de la comunidad nikkei de La Paz
  Capítulo 3  La comunidad nikkei en el departamento de Beni
  Capítulo 4  La comunidad nikkei en el departamento de Pando
  Capítulo 5  La comunidad nikkei en la ciudad de Santa Cruz de la Sierra
  Capítulo 6  Establecimiento y desarrollo de la Colonia Okinawa
  Capítulo 7  Fundación y desarrollo de la Colonia San Juan
  Capítulo 8  Las comunidades bolivianas nikkei en Japón
Abreviaturas,Bibliografía,Cronología, Listas de fotos, mapas y cuadros

2014/06/01

漫画家・井上雄彦が世界最大級の手漉き和紙に、ガウディの世界観を描く! El caricaturista Takehiko Inoue pinta la visión del mundo de Gaudi en el papel japonés de gran tamaño

 「井上雄彦氏 世界最大級の手漉き和紙制作プロジェクト」

 来る7月12日(土)から、森アーツセンターギャラリー(東京・六本木)で開催される≪特別展 ガウディ×井上雄彦 シンクロする創造の源泉≫では、漫画家・井上雄彦がガウディの世界観を、面積で世界最大級となる手漉き和紙に筆で描いた作品が、本展のメインを飾るひとつとして展示される。

 手漉き和紙は、福井県越前市の上山製紙所(越前市岩本町/大正10 年創業・柳瀬彦左衛門代表)が制作するもので、同製紙所が1989 年に作り上げた「IMADATE 平成大紙」(高さ7.1m×幅4.3m ギネス登録済)を25 年ぶりに面積で上回る、高さ3.3m×幅10.7mに及ぶ「平成長尺大紙」となる。

 5月23 日(金)、井上雄彦は、上山製紙所で職人の指導を受けながら、作品に使われる和紙を漉いた。土地に根差した伝統技術を大切にしたガウディに倣い、井上氏も、ものづくりの現場へと足を運び、力を合わせて創作活動を行った。 

 漉き手を鼓舞する太鼓が、平成長尺大紙の制作の始まりを告げる。紙漉き唄に合わせるように、原料の楮(こうぞ)を木の棒を使って皆で練り混ぜる。大紙の紙漉きに参加したのは、総勢20 人。井上雄彦と柳瀬彦左衛門を中心に、職人14 人と井上雄彦の事務所のスタッフ4 人が巨大な簀(す)を取り囲む。

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photo: 鈴木愛子

 柳瀬彦左衛門の掛け声を合図に、漉き手が呼吸を合わせ、声を掛け合いながら制作を進めた。楮の繊維を含む粘り気のある水は、簀の上を引いては返す波のように、何度も往復すること約50回。その度ごとに楮の繊維は積層され、しなやかで強い和紙へと姿を変えていく。

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photo: 鈴木愛子

 重い簀を上げ下げしていた漉き手の額に汗が浮かんだ頃、簀の動きが止まった。会場で平成長尺大紙の制作を見守っていた人々は皆、拍手で和紙の漉き上がりを喜んだという。

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photo: 鈴木愛子

 井上雄彦は、今回の手漉き和紙制作について次のように語った。
 「腰が痛い。思ったより大変でした。柳瀬さんから手は添える程度でよいと指導されていたんですが、波の勢いがすごくて。そんなこと言ってられなくなりました。今回、和紙の制作から手掛けたいと思ったのは、紙の材料や水の力も活用した絵を描きたいと思ったからです。そして、ご縁があって越前に来て和紙を漉かせていただいて改めて感じたのは、この伝承されてきた文化を大切に残していかなければならないということです。展覧会に向けて、この大きな紙にどんな絵を描くかは、紙が大きすぎて、まだ僕の視界に入りきっていないので分かりませんが、これからこの紙と対話を続けながらガウディの世界観の創出に取り組んでいきたいと思っています。」

特別展 ガウディ×井上雄彦 -シンクロする創造の源泉-
Takehiko Inoue interprets Gaudi's Universe
2014 年7 月12 日(土)~9 月7 日(日)※会期中無休
開館時間 午前10 時~午後8 時(最終入場午後7 時半)
会場 森アーツセンターギャラリー(東京・六本木ヒルズ 森タワー 52F)

2014/05/31

追悼 ラテンアメリカ美術研究者 加藤薫先生 La Muerte de Maestro Kaoru Kato

 メキシコ美術に対する幅広い見識と独創性溢れる研究思想で、大著≪ディエゴ・リベラの生涯と壁画≫(岩波書店)を、加藤薫先生(神奈川大学教授)は2011年に上梓されました。その後、難病を患いながらも、大学での教鞭、海外調査、執筆、講演会と、精力的に活動をされていましたが、去る4月22日に逝去されました。享年65歳。

 加藤薫先生が書き下ろされたキューバの現代美術史を編集出版する仕事が、先生との出会いでした。この書下ろし原稿は≪キューバ☆現代美術の流れ≫として2002年にプロモ・アルテギャラリー/ギャラリーGANから刊行されました。

 先生は民衆アートに研究の基軸を置く研究者でした。美術の主流から離れたチカーノ(メキシコ系アメリカ人)たちのアートを取り上げた≪21世紀のアメリカ美術 チカーノ・アート―抹消された<魂>の復活≫(明石書店、2011)、メキシコの民間信仰である骸骨の聖母サンタ・ムエルテを図像面から解析した≪骸骨の聖母サンタ・ムエルテ 現代メキシコのスピリチュアル・アート ≫(新評論、2012)を書き上げています。そして、闘病のなか、キューバ国民のみならず、世界の民衆から愛されたエルネスト・チェ・ゲバラのイコンを考察した≪イコンとしてのチェ・ゲバラ 〈英雄的ゲリラ〉像と〈チェボリューション〉のゆくえ ≫(新評論、2014年2月)を上梓しましたが、同書が先生の最後の著作となりました。

 先生がこれらの著作を執筆されるために必要とされた海外出版物資料の入手のお手伝いができたことや、先生がアドバイザーとして関わられた『メキシコ20世紀絵画展』(世田谷美術館、2009年)に僅かばかりですが、参加できたことは嬉しく思っています。 

 
 先生の著作から飛び出して、チカーノ・アートサンタ・ムエルテの展覧会をさせてもらったことは自分にとり勉強になりました。

 
 ご一緒にやりたかったいくつかのプロジェクトがもうできないかと思うと残念でなりません。いや、加藤先生ご自身が一番悔しい思いをされているでしょう。

 加藤先生、今頃はディエゴ・リベラとフリーダ・カーロと会って、彼らとダンスを楽しんでいますか?

ここに深く哀悼の意を表し、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

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  • Liber2010_041
    スペイン国際ブックフェアLIBER マドリッドとバルセロナで交互に開催される。
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